2017年03月30日

違い

ダンナの弟夫婦は商売が成功していて、金持ちだ。一人娘はおととしニューヨークの大学に入って、1年大学生活を送ったが、「大学はいいけど、専攻が自分に合わない。受けなおす」と言い、昨夏から広州の親のところにいる。退学したのかは不明。英語力が足りないと言い、英語の勉強をして(広州で)、中国語でエッセイみたいなものを書いているらしい。いったい何がしたいのか?


私は微信でつながっているのだが、昨日は「東京中央区」より天ぷらを食べたという写真をアップしていた。銀座かな?弟家族はよく国外旅行に行っている。去年はカンボジアへ行っていた。


一方、ダンナの妹は子ども二人とアメリカの、車がないと不便なところに住んでいるが、娘(うちの娘と同い年)がたびたび「両親死んだ」などとアップしている。母親とケンカは日常茶飯事。大学に入ったら、月に300ドルしか出さないと義妹は娘に言っているらしい。義弟が出してやれ!と思うが、あの親族のことは下手に口出せない。
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2016年01月10日

波瀾万丈の人生(2)

 二人目のダンナと、三人目のダンナの間にそれぞれ一人ずつ子どもがいて、つまり二人の子どもがいる身だった。もう結婚に懲りているだろうと思っていた。私から見たら、彼女は男を見る目がないし、忍耐強さに欠ける。欠けすぎている。

 ダンナは自分の兄弟、親族のことをまったく話さないので、ばあさんが教えてくれなきゃ、私はまったく知らなった。

 ばあさん曰く、義妹はインターネットでアメリカ人と知り合って半年で結婚することになった。でも会ったことがないから、まずは会いに行くことに。ビザを取るのが大変なので、二人の子どもが留学ビザを取り、それに付いていった形。

 行って4カ月後に結婚。私がばあさんに「えええ?また結婚したんですか?もう離婚しないといいけど」。ばあさん、いけしゃあしゃあと「大丈夫。今回はビザという目的があるから」。いやいやいやいやいや、離婚はそれを乗り越えて、してしまうものなのだ。特にあの女は。

 新しいダンナはお金がないという(おいおい)。義妹は商売でかなり儲けたので、貯金はたくさんある上に、ばあさん並みの吝嗇家、あ、倹約家(同じか)。

 義妹が幸せかどうかは私はどーでもいいけど、うちの娘と同い年の長女は幸せなのかがとても気になっている。
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2016年01月09日

波瀾万丈の人生


 義妹、私達が結婚するよりも前に大学の同級生と結婚した。ロシア語学科を出て、ハルビンの旅行社に勤めて、旅行に来るロシア人のガイドをやっていた。後にモスクワかどこかに留学し、勉強しながらバイトもしていたみたいだ。1994年頃、北京に来たことがあって、そのときダンナじゃない男とやってきた。そして、いつの間にか一人目とは離婚し、その男と結婚していた。


 カザフスタンに住み、商売を始めた。旧ソ連はモノがないから、中国からいろいろな物を輸入していた。広州がなんでも安いみたいで、ダンナの両親が広州に住み、仕入れをして、カザフスタンに送り、妹はカザフスタンで販売する。初めは売れればなんでも。それこそ、なんでもかんでも売っていたが、最後は携帯電話と部品に落ち着いた。その商売はものすごく繁盛した。


 カザフスタンは治安が悪い。アジア人でそこにいる人は商売がうまくいっている人だし、狙われやすく、妹は一人娘をずっと広州の両親に見てもらっていた。北京の私の家に両親と娘が住んでいた時期もある。うちの娘と同い年だが、3歳の頃だ。一緒に幼稚園に通った時期が半年くらいあった。


 その頃だ。二人目のダンナが浮気していると言って、大喧嘩をし、離婚した。


 子どもが10歳くらいのとき、私達4人家族で広州へ行ったことがあった。そのときも妹はカザフスタンに住んでいたが、春節ということで、広州に来ていた。結婚したいというカザフスタン人を連れて。背が190はあって、俳優ですか?というようなきれいな顔だった。でも、私でさえ「この男ダメだな」と思った。はっきりした理由はない。ピンときただけなんだけど。でも、いつのまにか三回目の結婚をしていた。


 カザフスタンに住んでいたが、あと3カ月で出産というとき、仕事で広州にやってきた。カザフスタンで出産するとタダだとかで、絶対に帰ると言う。北京経由の予定だったが、出血多量で急遽北京で入院。生命の危険もあったくらいひどい状況で、でも無事出産。その後3カ月くらいして、カザフスタンに戻った。そのとき、ダンナには言わないで。


 家に戻ると、女と暮らしていた。即離婚。ダンナには言わないで戻ったのは、女といそうだと知っていたから。


 4回目の結婚に続く。

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